<検証・復興への道 第1回>仮設1年余、住宅再建に住民の不安募る

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「いつ自分の家に住めるのか」「せめて希望した家で一生を終わりたい。仮設では終わりたくない」。東日本大震災から1年半が過ぎ、先が見えない仮設暮らしの住民からは不安と不満の声が漏れる。海岸間近に山々が迫り、狭い平野部に住宅や事業所がひしめき合っていた大槌町。中心部だった町方地域では、生い茂った雑草が家々の土台を覆い隠し、復興の姿はいまだに見えない。仮設住宅に暮らす4675人の住宅はどうなるのか。復興への道を検証する連載の一回目は関心が高い住宅再建への現況と課題を振り返る。

町内各地に建設された仮設住宅

35%が仮設暮らし

大槌町は、大震災による津波と火災で、多くの命や財産、街並み、漁業などの産業基盤を失った。震災直前(2011年2月28日)の人口1万6058人に対し、死亡・行方不明は1254人(7・8%)に上った。住宅の全半壊は3717棟を数え、現在、町内に48団地2106戸の仮設住宅が建設された。うち2064戸に4675人が入居、これは町の人口の35・6%に上る。1年以上にわたって仮住まいを強いられている。 

町役場も津波にのみこまれ、玄関前で災害対策本部会議を主宰していた当時の加藤宏暉町長をはじめ幹部職員ら40人が犠牲になり、行政機能が一時まひ。復興をリードすべき町長に元総務課長の碇川氏が選ばれたのは、大震災発生から5カ月あまりも過ぎていた8月28日だった。

碇川町長の就任後は、全国からの派遣職員にも支えられ、復興計画づくりが本格化した。住民との協働や合意形成への努力など住民の関与を明文化した条例としては岩手県内で初めてとされる「町災害復興基本条例」が昨年9月30日施行された。同条例は「被災前の地域社会にできる限り復旧」(第2条)すると言及。町長の責務として復興基本計画と復興実施計画を速やかに定めるよう求めている。町内10地域それぞれに復興協議会での議論などを経て、復興計画の大本になる基本計画が昨年12月26日の町議会臨時会で議決された。

「つい散歩」のまちいつ実現?

基本計画は大槌の将来像として「海の見えるつい散歩したくなるこだわりのある『美しいまち』」を掲げ、8年間で復興を果たすべく計画期間を2011〜18年度に設定した。

住宅再建に向けた土地利用については「高台移転を基本」としつつも、可住地が限られているため、津波浸水地の一部に盛り土して安全な用地を確保。自宅確保が困難な被災者を対象に賃貸する災害公営住宅の建設を優先的に進めることも盛り込んだ。そして、町民すべてが住宅再建を終える目標を、復興計画最終年度の18(平成30)年度までに、すなわち、大震災発生8年後の19年春までに、と設定した。津波と火災でほぼ壊滅した町方地域については「中心市街地として再興」すると明記された。 

新防潮堤が前提

今年5月23日策定の復旧期実施計画(11〜13年度)に盛り込まれた土地利用計画は、岩手県が5年がかりで建設するという新防潮堤が前提。その高さは町方・安渡の両地域で最高14・5メートル、吉里吉里地域で同12・8メートルと計画されている。その上で、住宅の建設は、東日本大震災時と同程度の津波が再来しても、盛り土(町方で最大2メートル、吉里吉里で最大10メートル)などの安全確保策を講じれば浸水を免れると想定される地域に限定。町が盛り土や宅地・道路整備を行って市街地復興を目指す土地区画整理事業(末尾の<キーワード>参照)を実施する。

浸水が想定される区域は「移転促進区域」として、町が移転元の土地を買い上げ、移転先の高台に宅地造成し集団移転を図る「防災集団移転促進事業」(末尾の<キーワード>参照)を進める。居住を伴わない業務系建物ならば、浸水想定区域であっても構造や避難手段の確保などの条件を付けながら立地を誘導するとした。

公営住宅着工は年度内に134戸

被災者の入居希望が最も多かった災害公営住宅は県が500戸、町が480戸の計980戸を建設する計画。木造2階建ての戸建てや長屋タイプに加え、鉄筋コンクリート5階建ての集合住宅が見込まれている。

災害公営住宅建設、土地区画整理事業、防災集団移転促進事業。住宅再建に向けたこれら事業をどういう手順と日程で行うのか。実施計画の策定後、盛岡や花巻など町外を含めた13カ所で開いた「復興まちづくり懇談会」で、そのスケジュール案が地域別に示された。参加した住民は計1466人。

同案などによると、災害公営住宅は今年度中に、町が大ケ口と屋敷前に計100戸程度を、県が吉里吉里に34戸をそれぞれ着工し、来年夏前にも完成の見込み。町建設分の残り380戸はなお用地交渉中となっている。ただ、町内全体の具体的な供給計画や家賃、建物デザインなどはまだ決まっておらず、町は8月、有識者らで構成する整備計画検討委員会を設置し、来年1月ごろに計画をまとめるとしている。

赤浜17世帯移転が初の大臣同意

防災集団移転促進事業は、町方、安渡、小枕・伸松、赤浜、吉里吉里、浪板の計6地区で計画。このうち、高台2カ所に計17世帯が集団移転する赤浜地区の事業計画が9月4日、初の国土交通大臣同意を受け、今後は用地を取得し団地造成に移る。ただ、同地区の移転促進対象140世帯の1割あまりに過ぎず、地形的な制約が大きい中で移転候補地探しがネックになっている。このほかの5地区も9月中の大臣同意を受けた。

土地区画整理事業は、町方、安渡、赤浜、吉里吉里の4地区で計画され、いずれも9月中に都市計画が決定。さらに、年度内の事業認可を予定し、13年度(平成25年度)に入れば地盤改良や盛り土、造成工事が順次始まり、住宅再建に向けたつち音の響きも高く鳴り始める見込み。このうち、事業区域が約30ヘクタールに及ぶ町方地区では、来年夏ごろから3つの工区に分けて地盤改良・盛り土・造成工事に順次着手。個人住宅の入居は早いところで15年(平成27年)秋ごろに、遅いところで17年度(平成29年度)前半になると見込んでいる。

これらスケジュールは今後、特に用地取得に向けた地権者との交渉や調整に大きく左右される。交渉以前の問題として、所有権登記が明治時代から更新されていない土地の相続人探しに手間取ったり、所有者の所在が分からなかったりすることも少なくないという。後者について町は使用許可や処分権限を与えるよう国への働きかけを強めている。

「仮設に居ては復興でない」

「せめて希望した家で一生を終わりたい。仮設(住宅)では終わりたくない。最近スピード感が見えない」「支援物資をもらってばかりでは復興でない。1人ひとりが自立しないと復興でない」「早く家を建てたい。ここ(仮設)に居てはいつまでたっても自立できない。歳ばかりとる」...。

町は住民の先行き不安を解消しようと、仮設住宅の集会所や談話室で懇談する「町長とのお茶っこの会」を8月からスタートし、これまでに4カ所で開かれているが、住宅再建への質問や苦言が集中した。

これに対し碇川町長は、用地不足や職員不足の下でも着実に事務を進めていることを説明。「現在は許認可、予算獲得の時期で、(復興の動きが)見えないかもしれないが、大槌の区画整理事業は県内トップクラスで進んでいる。『町長、どうにか早くしてけろ』という気持ちはよく分かるが、もう少し我慢を」と、理解を得ることに懸命だ。

町内各地の仮設集会所で開かれた碇川町長と町民の懇談会「町長とのお茶っこの会」

目に見える動き早く示せ

ここまで振り返ってきたように、復興計画や土地利用計画については、ほぼ固まり一段落した。このような計画や話し合いの作業は法令上必要とされており、さらに役場は関係する法律の確認や手続きの準備もあり、想像以上に負担がかかっている。「復興まちづくりの仕組みは複雑かつ難解な面も多い」(碇川町長)ため、図表による町民への説明も複雑になりがちだ。手続きは必要だが、住民からは復興の動きとして見えにくく、「復興が遅れている」といった批判や役場への不審につながっているのではないか。計画の次は実行となる。今年度に着工が予定されている公営住宅などでいち早く目に見える復興への動きを早く示す必要がある。

<キーワード>

土地区画整理事業・・・地権者が所有地の一部を提供し合って道路・公園などの公共用地を確保する一方、個々の宅地を整理・再配置して適正な土地利用を目指す。都市計画法に基づき、住民説明会や都市計画決定などの諸手続きが必要。

防災集団移転促進事業・・・被災地域または災害危険区域のうち、居住が適当でない区域内の住民を高台などの安全な住宅団地に集団移転させるための促進事業。町が移転先に住宅団地を整備し、被災住民に譲渡または賃貸する。国土交通大臣の同意が必要。

記事=松本 裕樹