「日本を支える子どもたちを、東北から送り出したい」森の図書館に込めた想い

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「亡くなった大切な人に思いが伝えられるように」と自宅の庭に置いていた電話線がつながっていない電話ボックス「風の電話」がきっかけで、大槌町浪板に石造りの小さな図書館が建った。花の匂いをかぎ、鳥の声に耳をすませながら本を読んでほしい-。佐々木格さん(67)はそう願う。

線がつながっていない電話機が置いてある「風の電話」

寄せる波はあるけれど返す波がない世界でも珍しい「片寄せ波」の海岸として知られる浪板。「海が見渡せる眺望が気に入っている」と13年前に大槌の水産加工会社を辞めてこの土地にやってきた。ちょうど海が見える場所にベンチが置いてある。昨年3月11日は、この場所から津波に襲われる浪板を見つめていた。

海岸沿いにあったホテルは波にのまれ、辺り一面に水が押し寄せた。猛然と襲いかかる波に建物と車が流されていく光景を見つめ続けた。佐々木さんは「私は生かされた」と当時を振り返る。庭も家屋も無事だったが、自らに出来ることは何かを考え始めた。

震災前から設置していた風の電話。「震災で突然の別れを強いられた被災者の心の助けになってほしい」と改めて植栽を整備した。ボックスの中には黒いダイヤル式の古めかしい電話がある。受話器を持ち上げても、当然、何の音も聞こえない。「聞こえないと思ったら、本当に何も聞こえないんです。でも、じっと耳をすませると何かが聞こえてきますよ」。

浪板の海が望める鯨山で復興への思いを語る佐々木さん

報道を通じて、風の電話を知った被災者や全国のボランティアが訪れるようになった。「ようやく別れを告げられた」。ボックスの中に置かれたノートには、そんな言葉が並ぶようになった。2011年6月、風の電話のことを知った東京の出版社を創業した藤森建二さんが佐々木さんの元を訪れた。自然に囲まれた環境を「子どもたちのために生かそう」と2人で図書館の開館に思いが至った。

もともとギャラリーにしようと、庭の一角に石を積み上げていたコテージを図書館にすることに決めた。ボランティアたちと一緒に急ピッチで作業を進めた。本は藤森さんのほか、佐々木さんの知人、活動を知ったボランティアらから寄贈を受け、約1千冊を集めて2012年4月にオープンにこぎつけた。

2階建て約40平方メートルの建物はすべて手作りだ。開館後、全国から「図書館に置いてほしい」と送られ、蔵書は約4千冊に登る。1階には写真集や画集、新書、文庫本がそろい、談話用のテーブルが置かれている。2階は絵本や児童書が中心だ。子どもたちが好きな姿勢で読めるようにカーペットを敷き、ソファを備えている。

森の図書館の2階。絵本や児童書が並び、床にはカーペットがひいてある

「豊かな感受性が思いもしなかったような発想力を生む。旧来の発想に縛られた復興じゃなく、自由な楽しい発想で古里をもう一度、よみがえらせてほしい」。そんな思いが詰まっているのが森の図書館だ。
 
地元の幼稚園児たちが訪れて森の中で付添の先生の読み聞かせに耳を傾け、親子がカーペットに座って一緒に絵本を読む。学校の先生たちが「話し合いの場所に使わせてほしい」と訪れることもあるという。「石造りの土壁の建物に、心が落ち着くようです」と佐々木さん。

今は図書館の裏手にツリーハウスを建設している途中だ。木に触れながら子どもたちがのびのびと遊べる場所を、と作業を続け、完成も間近だ。佐々木さんの目線は常に子どもたちに向けられる。甚大な被害を受けた東北の復興の鍵を握るのは、子どもたちだと確信している。「明るい将来を作るのは子どもたちの感性。震災を経験した子どもたちは、きっと逞しく育つ。日本を支える子どもたちを、東北から送り出したい」。

森の図書館の外観。佐々木さんが一つずつ石を積み上げて建てた

記事=中尾 悠希