憧れの沖縄離れ、故郷で夢追う カフェバー経営・碇川ちふゆさん

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「暖かい沖縄で働いてみたい」。そう夢を描いて、寒さの厳しい東北から、沖縄に移り住んだ大槌町吉里吉里の碇川(いかりがわ)ちふゆさん(25)は、震災後、家族を気遣って地元大槌にUターンしてきた。被災した実家の靴屋が2011年10月、仮設店舗で営業再開するのを機に、思い切って以前からやってみたかったカフェバーを開店。場所はあこがれの沖縄ではなくなったが、念願のカフェバーには地元の内外から若者が集まり、碇川さんは「色々な交流が生まれる場になればいいですね」と期待を込めている。

カフェバーのカウンターで客を迎える碇川さん

とある夜、大槌町の吉里吉里地区にある海岸沿いの道から坂道を上って、碇川さんが営むカフェバー「Alua (アルア、ポルトガル語で月の意味)Cafe & Bar」を訪ねると、店の前に飾られた、沖縄を代表するオリオンビールの提灯が目に入って来た。「この料理おいしい!」。中に入ると、大槌ではあまり見かけることのない20代の若い人たちが、世間話に話を弾ませていた。碇川さんは1人で、カフェバーを切り盛りしている。ビールやカクテル、焼酎など、ドリンクメニューは80種類を超える。コースターを見ると、大槌で作られた「大槌刺し子」が使われており、細かいところまで気配りがなされていた。

カフェバーは多くの若者たちでにぎわっている

昼に訪ねてみると、テーブルがあった場所には、靴と雑貨が広げられ、一部が昼間のカフェのスペースとして使われていた。「全然夜とは違っているでしょう」。母のあづささんが笑顔で出迎えてくれた。カフェバーは靴と雑貨の店舗に併設されており、バーになっている夜と、靴と雑貨を販売している昼間とは姿が大きく異なっている。碇川さんは「地元の人から、ボランティアで大槌を訪れている人まで、様々な人が来ます。店をやっていなければ、出会うことはなかったでしょうね」と振り返る。

夜にバーとして使われていたテーブルには、昼間は多くの雑貨が並べられている。右は母のあづささん

碇川さんは、高校まで大槌に住み、地元の小中学校、釜石市の高校を卒業。その後、仙台の専門学校で学び、同じく仙台のホテルで2年ほど働いた。沖縄には2回程度しか訪れたことはなかったが、温暖な気候と住みやすさから、あこがれがあり、仙台で働いた後に、思い切って沖縄に移り住んだ。沖縄では、ゲストハウスで1ヶ月働き、その後はカフェバーで働いた。

「沖縄は県外からたくさんの若い人が来てましたよ」。楽しかった沖縄生活を振り返る。沖縄は一時期、若者の移住ブームが起きたほど、県外から移り住む人が多く、碇川さんが訪れたある飲み屋では、1人も沖縄県内の出身者がいないこともあったという。様々な出会いに恵まれ、2011年4月、約1年間の沖縄生活を終えることになった。親との約束でいったん地元に帰り、また沖縄に来ようと思っていた。帰郷するための飛行機のチケットまで取って、後は帰るだけという沖縄生活のラストで起きたのが、東日本大震災だった。

「連絡が取れず、とても家族が心配でした」。震災の様子はテレビなどでしか知ることができなかった。大槌の情報は非常に少なく、発生後3、4日してからようやく目にした。家族の安否が分からず、不安な日々の中、やっと連絡が取れたのは震災発生から7日後。家族から衛星電話がかかってきて、無事の確認が取れた。実家は、2階まで浸水してしまっていたものの、家族は全員逃げて無事だった。足の弱い祖母も、何とか逃げ出すことが出来ていたため、ホッとした。

厳しい環境が予想されていたが、家族のことが心配で予定通り、4月には大槌に戻った。故郷の風景は以前の姿をとどめておらず、どこに何があったのかもはや分からない状況だった。自宅は浸水して使えなくなっていたため、家を借りて、生活を再開。電気は通っていたものの、水道は使えなかった。配布されている水を取りにいくなど、あこがれだった沖縄とは全然違う生活が待っていた。

だが、そんな状況だからこそ、仲間の存在が支えになった。夏には、地元吉里吉里地区の小中学校の同級生たちに呼びかけて、夏祭りを開催。「その時は吉里吉里ではお祭りが1つもなくなっていたんですよ」。企画や告知などの運営は大変だったが、協力を呼びかけると、町外のボランティアの人など、様々な人からの手助けが得られた。
 
以前から「自分でカフェをやってみたい」と思っていたものの、まだまだ先の話だと思っていた。しかし、そんな時にチャンスがめぐってくる。祖母が震災前に靴屋を営んでいたことから、吉里吉里地区に出来た仮設店舗の入居に応募。抽選に当たって、店舗を確保することができた。被災前の靴屋のころよりもスペースが広いため、カフェバーのためのカウンターを設置することができた。「こんなに早くやれるとは思っていませんでしたよ」と笑顔を見せる。母と妹が昼間に靴と雑貨を販売し、併設されたカフェバーは昼間と夜に、碇川さんが担当している。

仮設店舗の入り口に立つ碇川さん(右)と母のあづささん

町内を歩いていると、小さな子どもや、高校生までの生徒・児童を見かけることがあるが、20代の若い人たちを見かけることは少ない。碇川さんの同級生も、小中学校は1クラスで32人いたが、20代の今では、3分の1の10人ほどしかいない。ましてや、震災後に戻って来た同級生は自分だけだという。

しかし、カフェバーを開いたことによって、若い人たちが集まるようになった。夜のバーでは開店最初はカウンターと1テーブルだけだったが、手狭になってきたため、陳列している靴や雑貨を片付けて、テーブルを増やした。客のリクエストに応えてメニューも、お酒の種類もどんどん増やした。地元の人が撮影した写真を飾るなど、客と一緒に店を作っている。「お客さんとして来てくれた同級生が店の片付けを手伝ってくれることもあるんですよ」と多くの人の支えに感謝している。

沖縄には帰郷後も訪れるなど、今でも特別な存在だ。沖縄からの友人や、沖縄から大槌に来ていたボランティアの方が来店することもある。店のビールにはオリオンビールもある。近所の店にないので、ネットで仕入れている。泡盛もそろえてみた。そんな沖縄にもう一度戻ってみたいとは思わないのだろうか。「仮設店舗の今後がどうなるか分からないのですが、しばらくは吉里吉里でやっていきたいですね」。今後は、色々な店を集めたイベントなど、町のにぎわいを取り戻すためのイベントの開催にも意欲をみせている。

「やっていることは沖縄に居た時と同じです。私は変わってないですよ」。ずっとあこがれてきた沖縄だったが、夢をかなえる場所は意外にすぐそばにあったのかもしれない。「東北も沖縄もゆったりしているのは一緒」という大槌で、少しずつ歩みを進めている。

※碇川さんのカフェバー「Alua」
[営業時間]
・カフェ:11:00~18:00(火曜〜金曜)
・ランチ:11:00~16:00(火曜〜日曜)
・バー:19:00~22:00(金曜〜日曜、満月の夜)
[住所] 大槌町吉里吉里14地割22-3
[ブログ] くつと雑貨 いかりがわ staff blog

記事=新志 有裕写真=松本 裕樹 / 新志 有裕