撮り続ける、大槌の「今」 アマチュア写真家・伊藤陽子さん

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ガードレール越しに、破壊された街を見つめる男性。無言のうちにすべてを物語っているようなその背中。この写真は、東日本大震災発生の翌日に、一人の大槌町の住民が撮影したものだ。

沢山バイパス橋上~松の下 2011年3月12日午前11時03分伊藤さん撮影

伊藤陽子さん(62)。津波で家族と自宅を失いながらも、震災直後からほぼ毎日、大槌をカメラで記録し続けている。2012年5月、1年間で撮りためた約660点を写真集「がんばっぺし大槌」として自費出版。水浸しの街に煙と炎が立ち込める様子や、押し寄せたがれきの山など、報道機関さえほとんど被災地入りできていなかった当時の生々しい様子が時系列で掲載されている。

2011年3月11日、伊藤さんは所用で宮古市に向かっていた。到着とほぼ同時に大きな揺れ。盛岡市方面に避難しようとひたすら車を走らせたが、ラジオが盛岡の被害を伝え始めていた。急きょ引き返し、遠野経由で大槌に向かった。真っ暗な山道を抜け、辿り着いたのは12日午前3時ごろ。津波で流された製材所の丸太が道路を寸断し、車では町に入れない状態だった。

普段から写真が好きで、デジタルカメラを持ち歩いていた。車を安全な場所に止めてから徒歩で町に戻り、そのまま午前7時ごろから写真を撮り始めた。至る所で火が上がる中、泥だらけになりながら歩き回り「目についたものを、ただ撮ったんです。バッテリーがなくなるまで撮りました」。撮影した写真は1日で100枚を越えた。

その後も携帯電話やビデオカメラ、隣接する釜石町のスーパーで買い込んだ使い捨てカメラで撮影を続けた。行方不明になっていた2人の兄を捜しながら。

冒頭の写真を撮った橋上に立つ伊藤さん。街をぼうぜんと眺めていた男性に声を掛けることはなかったという

もともとは誰かに見せるための写真ではなかった、という伊藤さん。普段から特段意識せずカメラを手にしていたように、地震後も「何かを考えて撮ってたわけじゃない」。でもある時、避難所にいた人が「震災の次の日に自宅に行けなかった。なくなったのは分かっているけど、見たかった」と嘆いているのを耳にしたのが、自費出版のきっかけになった。震災後も二次災害の危険があり、自宅の様子を見に行きたくても身動きのとれない住民が多かった。

「半端じゃない、町が消えるくらいの災害。自分のために撮った写真だけど、誰にも見せずにしまっておくのはどうなのかな、と」。伊藤さん自身、自宅も、経営していた飲食店も津波で流された。「自分なら、少しでもその痕跡を見たいと思った」

伊藤さんの写真集は県外だけでなく、大槌町民の間でも大きな反響を呼んだ。まるでがれきの中から大切な思い出を拾い集めるように、多くの町民が食い入るように見入っていたという。

津波で流された自宅の白壁が、写真の隅にわずかに写り込んでいるのを見つけて「この辺りの写真がもっと見たい」と頼みに来る人。3時20分を指したまま動かない、泥まみれの壁掛け時計の写真に「これ、うちのかも知れない」と涙を流す人。岩手県南西部の北上市で開いた写真展を訪れたある人は、興奮した様子で「あなたの家の屋根が、ここに引っ掛かって写ってる」と電話越しの知人に伝えていた。その「家主」は、屋根の写真を確かめたい一心で翌日に会場に足を運んだという。

失われた暮らしの、ほんのひとかけらでもいいから捜し出したい。「本能みたいなものじゃないかな」と伊藤さんは言う。

大槌町上町、古廟橋(のんき橋)周辺 11年3月12日伊藤さん撮影

2人の兄は、県内陸部の奥州市と大槌町内で、11年10月末までに相次いで遺体で見つかった。その後も伊藤さんはファインダー越しに故郷を記録し続け、撮りためた写真は5千枚以上に上る。

遊んでいる子どもたち、移ろう空の表情。心に響く風景に出会ったら自然にシャッターを切る。震災後の写真も「撮ろうという気負いはなかった」。伊藤さんだからこそ、切り取れる景色があるのかも知れない。

火災で溶けた信号機 11年10月14日、伊藤さん撮影。鳥の鳴き声がしてふと頭上を見上げると、信号機の隙間にスズメが巣を作っていた。「人間と同じように家を無くしたんだな。」眺めているうち、震災時の火災で溶けているのに気付いたという

「津波で町が消えた」。震災が大槌にもたらした被害の甚大さは、しばしばそう表現される。でも「テレビで見たりするだけじゃ、町が根こそぎ無くなるくらいの津波だったというのを、本当の意味で理解するのは難しいと思う」。町のほぼ全域をカバーした写真を通じて、少しでも大槌の現状に関心を向けてもらいたい、と願っている。

至る所にうず高く積まれていたがれきは少しずつ片付いているが、町再建への道のりは「まだまだ長い」と感じる。それでも、日々少しずつ姿を変えてゆく街。現在は祭りなどの行事だけでなく、図書館や大槌病院などの被災した建物が取り壊されていく過程も撮影している。

伊藤さんの写真はこれまで、愛知県や京都府、千葉県のほか、米オレゴン州、ボストン市など計15カ所以上の写真展でも展示された。「写真だけでもみんなに見てもらえたら、何もない大槌の現在を知ってもらえるんじゃないかな。そう思って、勝手に撮りたいものを撮っているんだけどね」。これからも、大槌の復興への歩みを記録し続けてゆくつもりだ。

「がんばっぺし大槌」の購入は、NPO法人「まちづくり・ぐるっとおおつち」のHPで

記事=耳塚 佳代