「癒し」の先に自立がある 岩盤浴GORORIN・鈴木亜希子さん

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「もっときれいになりたい」、「ゆったりしたい」。そんな気持ちを満たしてくれる「美と癒し」のスポットが大槌にもある。大槌町大槌の岩盤浴「GORORIN(ゴロリン)」には、2012年1月に営業を本格再開してから、震災後の明日に向かう力を蓄えに来る客が途切れることがない。「立ち上がれる人から立ち上がって、その背中を見て誰かが続いてくれたら」。経営する鈴木亜希子さん(37)はそんな願いを胸に秘めて店に立つ。「復興」という言葉を安易に使いたくはない。時間はかかっても、「癒しの先の自立、自立からの復興」という心のステップアップを大切にしている。

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「岩盤浴」の看板は、住宅地の中に突然現れた。アコースティックギターの音楽が流れ、南の島を思わせるアロマの香りが漂う店内。真っ赤なソファに腰掛ければ、ちょっとしたリゾート気分を味わえる。「すっきりした、ありがとう」。入浴を終えた女性客が、上気したほおを緩めて店を後にした。鈴木さんは「女性は肌がきれいになったりやせたりすると、メークや洋服に変化が出てどんどん上向きになる。そういう風に体の内側から癒され、元気になってもらえるようなアプローチをしていきたい」と目を細める。

釜石市で生まれ育った鈴木さんは高校卒業後、仙台市の専門学校に進学して社会福祉主事任用資格を取得。釜石市にUターン就職した後、結婚を機に大槌町での暮らしをスタートさせた。嫁ぎ先は、町内で燃料販売や住宅の設備工事などを手掛ける「鈴藤商店」。経営者だった義父と義母が「本業を生かして大槌の皆さんに楽しんでもらえる施設を」と2004年にオープンさせたのがゴロリンだった。大分県産の天然鉱石を敷き詰めた浴室など、店内の設備はほとんどが手作り。入口に掲げられた「GORORIN」のサインは、鈴木さんが自らはしごに登って取り付けたものだ。

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オープン当初は銭湯のように身近な健康施設を目指していたが、はからずも秋田県・玉川温泉に端を発する岩盤浴ブームが到来。町内外からダイエットや美容効果に関心を持った若い女性が押し寄せた。

そもそも大槌町には女性が一人で出掛けられる場所が少ない。「美と癒しをテーマにすれば、もっと喜んでもらえるのではないか」。義父の他界後に経営を引き継いだ鈴木さんは、店を改築。世界各国のミネラルウオーターやおしゃれな雑貨を販売するコーナーを設け、東京の専門家らとコラボレーションしてホットヨガなどのイベントを開くようになった。

狙いは当たり、ゴロリンは女性の癒しのスペースとして定着。イベントを通し、おしゃれで健康的な生活スタイルを志向する若い世代の輪も広がっていった。鈴木さんの思い描いた理想の空間が整いつつあった矢先、東日本大震災が町を襲った。町の中心部にあった自宅と鈴藤商店の社屋は、津波で跡形もなく流された。家族は無事だったものの、友人が何人も亡くなったことを知った。

鈴木さんは、大きな被害を免れたゴロリンを避難所として開放。周辺に転がっていた残ガス容器を拾い集め、地下水を沸かして温かいシャワーを浴びてもらえるようにした。泥まみれのまま仕事を続けていた役場の職員らをこっそり呼んで使ってもらったこともある。「できることはそれぐらいしかなかった」と鈴木さん。無力感にさいなまれる鈴木さんを力づけてくれたのは、ゴロリンでコラボしてきた仲間たちだった。

震災翌日に救援物資を届けてくれた人。店を閉じようかどうか悩む鈴木さんに、「残されたものには必ず意味がある。協力するから頑張ろう」と励ましてくれた人。店のオリジナルグッズを製作し、無償で納品してくれた人。誰も「店を辞めるなら内陸で自分たちと一緒に活動しよう」とは言わなかった。皆、鈴木さんが大槌町で店を再開できるよう力を尽くしてくれた。

常連客から寄せられた手紙には、どれほど励まされたか分からない。避難所として開放していた時に、手作りのケーキを持って様子を見に来てくれた客の顔も脳裏に焼き付いていた。「ゴロリンはもう自分だけのものではない。皆、私が動くのを待ってくれている。店を開けよう」。使命感にも似た思いで、2012年1月の営業再開を迎えた。

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店内では様々な雑貨も販売されている

当時、町外から訪れる客の中には「ここまで来るのはやっぱりつらい」とこぼす人もいた。町に続く海沿いの道のりや、何もなくなった街中の光景は、嫌でも震災のことを思い出させる。「あのころはまだ大槌を避けて通るような雰囲気があった。徐々に抵抗はなくなってきたようだけど、お客さまは本当によく来てくれたと思う」。
 
そう振り返る鈴木さん自身、2012年の夏ごろまで、自宅があった場所に足を運ぶことができなかった。「半分の人は震災を忘れてはいけないと思っているけど、半分の人は忘れたいと思っている。11日が近くなると具合が悪くなる人もまだいる。私はどちらかというと忘れさせたい方の人間。たとえ一瞬であっても」

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現在、鈴木さんは近所に住む幼なじみらの手を借りながら、店を切り盛りしている。営業時間は震災前から2時間短縮した。開店準備から閉店後の掃除まで鈴木さんが中心となって運営に当たらなければならないため、体力的に厳しいからだ。それでも仮設住宅への帰宅は夜遅くになり、家族と夕食をとる機会はめっきり減った。人を雇うことも考えているが、町内では今、働き手の不足によってパートタイマーの給与水準が跳ね上がっている。求人を出してもなかなか採用できない現状がある。

一方でホットヨガやマクロビオテック(日本の伝統食に基づく健康法)などのイベントは、回数を減らしながら継続している。大々的な宣伝はしないが、口コミを頼りに訪れる客は震災前に比べて確実に増えた。「日常から離れる時間を求める人が増えたのかもしれない」と鈴木さん。

中でも2012年11月、「小さな町の小さなお店の小さなお祭り」と銘打って開いたイベントのにぎわいは、今も強く心に残っている。東京から著名なヨガ講師を招き、野外スペースにはラテアートを楽しめるカフェや、ハンドメードアクセサリーのショップなど約20店に出店してもらった。開催に際し、復興という言葉は一切使わなかった。

タイトルに「復興」とつけるだけで、メディアの注目度は高まり、多くの人に集まってもらえることは分かっていた。しかし鈴木さんは「かわいいものやきれいなものが並ぶ店を回ってわくわくする」、「友人とごはんやお茶に出掛けておしゃべりを楽しむ」、そんな当たり前の気持ちを思い出してもらいたいと考えた。「被災地の人は復興とつくと身構えてしまうというか、お尻をたたかれているような気持ちになってしまう。それに復興イベントというと海産物をはじめ地元の産品を使った企画が中心。今は地元で食べられないもの、手に入らないものが癒しになることもある」

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店内の岩盤浴

鈴木さんは今後も、復興イベントとは異なる「場」を提供していくつもりだ。最近は地元のバス会社とともに、仮設住宅で暮らす移動手段のないお年寄りに食事や岩盤浴、買い物を楽しんでもらうツアーなども企画している。

「皆さんが思わず欲しくなるような商品やサービスを用意して、きちんとお代をいただき、経済を回していく。できる人からやっていかなきゃ」。鈴木さんは今日も笑顔で客を迎える。

記事=湯浅 翔子写真=末澤 弘太